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help リーダーに追加 RSS 48日目 弥彦−出雲崎

<<   作成日時 : 2006/10/30 19:10   >>

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朱塗りの柱が美しい弥彦駅弥彦山朝一番に弥彦駅をカメラに収める。弥彦駅は白壁に赤い柱の神社風の建物で、弥彦神社の玄関口に相応しい。
コンビニの駐車場から見る弥彦山は朝日を受けて一段と紅葉が冴えている。

今日のルートは良寛さんにまつわる史跡や名所がたいへん多かった。
先ず燕市に入ると「良寛の里」として五合庵、良寛さんが修行をされた国上寺(こくじょうじ)と国上山、その麓には道の駅「国上」と「てまりの湯」。
更に良寛資料館など・・・・。
空庵はこの波打際あたりだったのだろうか? 後方は弥彦山寺泊では郷本海岸の空庵跡。良寛さんは39歳のころ備中(岡山県)玉島円通寺での長い修行を終えて故郷に帰られ、郷本の空庵で半年間過ごされたそうだ。
その空庵跡は海岸の浸食が激しく、現在は海岸から10mほどの海の中らしい。
良寛さんの生まれ故郷出雲崎には更に史跡が多い。
良寛生家「橘屋」の屋敷跡に建てられた「良寛堂」、18歳で剃髪された「光照寺」、そして「良寛記念館」などがあった。

きょうのルートはふり返れば最後まで「弥彦山」見えていた。
きのう弥彦山頂から見えていた海岸線は多分きょう歩いた所が全部見えていたのだろう。
大河津分水路 奥は日本海燕市に入った所に「分水町」という地名がある。そこには「大河津分水路(おおこうづ)」と書かれた大きな河が流れている。
地図で見ると、信濃川はこの分水地点で大きく蛇行し、新潟市の方へ向きを変え何本もの河川に分かれている。
多分名前からして、この川は人工の川だと思ったので、畑仕事をしていたお爺さんに話を聞いてみた。
するとやっぱり、信濃川が氾濫すると燕市や三条市、新潟市に大きな被害が出たので、大正の初めごろ、直接海に流す人工の水路が切り開かれたと言うことだった。

ちょっと開きすぎですがハツタケ「大河津分水路」の看板のところに松の木が数本あり、大きなハツタケが何本も生えていた。
この辺りの人はハツタケは食べたいのだろうか?
妻がいたらきっと小踊りして喜んだに違いない。採って帰るわけにも行かないので写真だけ撮っておいた。
更に道端にも松の木があったので、ちょっと探してみたら、やっぱりそこにも、ちょっと大きくなり過ぎたハツタケが数本あった。
ハツタケはひだのところに傷をつけると赤い汁が出て、後に真っ青に変色するので、初めての人は毒キノコと思うだろ。歯ざわりはぼそぼそして良くないが大変良いダシが出る、れっきとした食菌だ。

くるまや旅館 食事は右奥の建物で・・・きょうの宿「くるまや旅館」は、江戸期創業の1日4組しか泊まれないと言う由緒正しき宿で、私のような無粋な者が泊まる宿ではないようだ。
料亭風の造りで、庭を歩いて奥まった離れ風の部屋に案内された。
中庭の途中には「三角堂」という六角形の茶室があり、三角形の組天井には明治末期から昭和初期にかけて、この地を訪れた著名な文人墨客が興の趣くままに絵や詩を書いたというものがはめ込まれていた。私には「猫に小判」だが、数々の遺墨を鑑賞できる展示室などもあった。
食事は中庭を歩いて奥の別棟の広い座敷に案内された。
アンコウ鍋、ヒラメの刺身、ホウボウの天ぷらなど贅沢な料理が並んだ。きょうは特別な日と言うことにして「熱かん」を一本注文した。「e旅 歩き旅」を始めて3回目の特別な日になった。

きょうの天気:晴れ
きょうの宿泊:くるま屋旅館

きょう歩いた距離:29.9km        今日のGPS軌跡(224kB)
出発〜到着時刻:6:46〜16:10
宗谷岬からの累計:1590.9km     宗谷岬からのGPS軌跡(70kB)
                       ※GPS軌跡は右下に表示される「拡大マーク」をクリックすると拡大表示が可能です

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